ここに一人の女性がいます。Hさん、26歳、ベトナム北部出身。N3レベルの日本語、介護の職業訓練校を卒業後、特定技能ビザで神奈川県の介護付き有料老人ホームに入職しました。彼女の最初の90日間を追うことで、外国人介護士の定着を左右するものの正体が見えてきます。これはHさん一人の話ではなく、Mediflowが関わってきた多くの外国人介護士に共通する「90日間の構造」です。

【第1週:孤独と過負荷の同時到来】

来日初日、Hさんは成田空港から施設担当者の車で直接、用意されたアパートへ向かいました。部屋は清潔で、最低限の家具はそろっていました。しかし、その夜から「初めて一人で眠る夜」が始まります。

翌日から研修が始まりました。業務の流れ、利用者の名前と顔、施設のルール——情報量は圧倒的です。さらに、日本語で行われる全ての業務説明を90%理解するだけで一日中頭をフル回転させなければなりません。先輩スタッフは優しいが忙しそうで、「何かあれば聞いて」という言葉の後に話しかける隙がない。

最初の1週間でHさんが夜、スマートフォンでベトナムの家族とビデオ通話しながら泣いた日は、3日ありました。

【第2〜4週:「ここは自分の場所か」という問いが芽生える】

2週目に入ると少しずつ業務の流れがつかめてきます。利用者の顔と名前が一致し始め、「Hさん、おはよう」と声をかけてくれる高齢者が現れます。その一言が、この時期の心理的支柱になります。

同時に、微妙な「ずれ」も見えてきます。休憩室での日本人スタッフの会話に自然に入れない。笑いのツボがわからない。「何を話せばいいかわからないから黙っている」という状態が続くと、周りから「Hさんって何考えてるかわからない」と見られ始めます。

このフェーズで施設の対応が明暗を分けます。定期的に担当者が「最近どうですか?困ってることはありますか?」と個別に声をかけてくれる施設では、Hさんのような人材が「この施設は気にかけてくれている」と感じます。声かけがない施設では、「自分は空気のようなもの」という感覚が静かに積もっていきます。

【第5〜8週:試練と「踏みとどまる理由」の形成】

入職から1ヶ月を過ぎたころ、Hさんに最初の大きな試練が訪れました。排泄介助の場面でうまく声かけができず、利用者が興奮してしまったのです。先輩スタッフに助けてもらいましたが、その後一人で「自分はできない人間なのか」と強く落ち込みました。

このとき、Hさんには「踏みとどまる理由」がありました。ひとつは担当のバディスタッフが翌日、「昨日のこと、気にしてる?誰でも最初はああなるよ。私も3ヶ月目まで同じだったから」と声をかけてくれたこと。もうひとつは、Mediflowの担当者から月次の確認連絡があり、「仕事で一番大変なことは何ですか?」と聞いてもらえたことです。「誰かに話を聞いてもらえた」という体験が、孤立を防ぎます。

この踏みとどまる体験がない施設では、この時期に「一度帰国を考えた」「転職サイトを見始めた」という行動が起きています。

【第9〜12週:「ここでいい」か「ここじゃない」かが決まる】

3ヶ月目に入ったHさんには、明らかな変化がありました。業務を一人でこなせる場面が増え、利用者との関係にも深みが出てきました。90代の女性利用者が「Hさんの手は温かいね」と言った言葉を、Hさんは今も覚えています。

3ヶ月の節目に施設長と面談がありました。「この3ヶ月、ありがとう。できていることが増えている。半年後には○○の業務も任せたい」——具体的なフィードバックと次のステップを示された瞬間、Hさんの中で何かが決まりました。「ここで続ける」と。

一方、同期で来日した友人Bさんは、3ヶ月後に退職を申し出ました。理由を聞くと「仕事はわかってきたけど、この施設で自分がどうなっていくかイメージができない。誰も教えてくれないし、聞ける雰囲気じゃない」と言いました。Bさんの施設には、3ヶ月面談がありませんでした。

【90日間の構造を理解することが、採用戦略の本質】

Hさんの90日間を振り返ると、定着を決定づけた要因はすべて「仕組み」でした。毎週の声かけ、バディの存在、月次確認連絡、3ヶ月面談——どれも特別なコストはかかりません。必要なのは「設計する意志」です。

Mediflowでは採用後の定着フォローとして、入職後90日間の月次確認を標準サービスとして提供しています。施設とスタッフの橋渡しをし、「Bさんのようなケース」が起きる前に介入することが私たちの役割です。採用の成功は、内定を出した瞬間ではなく、入職から90日後に「ここで続ける」と感じてもらえた瞬間に決まります。

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